AI音楽について話していると、ときどき気になる言葉を見かけます。
「AIで曲を作れば副収入になる」
「毎日配信すれば、いつか当たる」
「音楽経験がなくても、ストリーミング収益を得られる」
確かに、SunoやUdioによって、音楽を作るまでの時間と費用は大きく下がりました。
以前なら、作曲、編曲、演奏、録音、ミックスまで必要だった工程を、一つの生成サービスで完結できるようになっています。
しかし、音楽を作りやすくなったことと、音楽で稼ぎやすくなったことは、まったく別の話です。
100万回再生は「成功」なのか
日本でも、一曲だけで100万回再生されたAI楽曲や、複数作品の累計で1000万回を超えたと公表する作者が、わずかながら現れています。
こうした事例は、日本におけるAI音楽の成功例として紹介されることがあります。
けれども私は、まだ「成功」と呼ぶ段階ではないと考えています。
ようやくAI音楽が、既存の音楽市場へ少し食い込んだ。
現状は、その程度ではないでしょうか。
一曲が100万回再生されても、次の曲が同じように聴かれるとは限りません。
楽曲名だけが広がり、作者名やアーティスト名は覚えられないこともあります。
短期間で再生数が伸びても、半年後、一年後まで聴かれ続けるとは限りません。
本当の成功を考えるなら、単曲の再生数だけではなく、
-
次の作品へリスナーが移動したか
-
アーティスト名が認知されたか
-
フォローや保存につながったか
-
ファンが継続して残ったか
-
音楽活動として次の展開が生まれたか
まで見る必要があります。
100万回再生は大きな実績です。
ただし、それはゴールではなく、ようやく市場の入口に立ったことを示す数字なのだと思います。
世界では、フル生成音楽への制限が始まっている
一方、世界のストリーミング市場では、AI音楽を取り巻く環境が変わり始めています。
AIを補助的に使った楽曲と、歌唱や演奏を含めて完全に生成された楽曲を分け、ラベルを付ける動きが進んでいます。
そして一部では、完全AI生成と判断された楽曲を収益分配の対象から外す方針も現れています。
すべてのストリーミングサービスが同じ対応を取るとは限りません。
しかし、一度ラベルが整備されれば、その情報は単なる表示だけでなく、
-
ロイヤリティを支払うか
-
おすすめへ掲載するか
-
プレイリストへ採用するか
-
チャートの対象にするか
といった判断にも使われる可能性があります。
日本のAI音楽は、ようやく市場へ入り始めたばかりです。
ところが本格的に参加する前に、フル生成音楽の収益化という扉が狭くなり始めています。
少し大げさに言えば、最終列車へ乗ろうと駅まで走ってきたのに、目の前でドアが閉まり始めたような状況です。
日本のAI音楽制作者は三つに分かれる
日本でAI音楽を作っている人たちは、大きく三つに分けられると思います。
1.アーティストやブランドを育てる人
一つ目は、AI音楽を起点に、アーティストやキャラクターを育てていく人です。
この層には、さらに三つの流れがあります。
一つは、楽曲を支持するファンが増えた結果、バーチャルな存在を現実のアーティストとして実物化する流れ。
次に、AIを使って制作費や時間を抑えながら、最初から現実のアーティストとして活動する流れ。
そして、複数の楽曲を作るうちに「誰かに歌わせたい」という欲求が生まれ、実在する歌手をプロデュースする流れです。
この層にとって、ストリーミング収益は必ずしも中心ではありません。
再生数を知名度の指標と考え、ライブ、グッズ、イベント、広告、映像などへ活動を広げることができます。
仮にフル生成楽曲のロイヤリティがなくなっても、活動自体は続けられるでしょう。
2.趣味や同人的な感覚で作る人
二つ目は、趣味としてAI音楽を楽しむ人です。
自作ゲームを作るように曲を作る。
同人誌を発表するようにアルバムを公開する。
コスプレ写真を投稿するように、キャラクターや世界観を見てもらう。
この層も再生数は気にします。
ただし、それは収益というより、他者から認められたことを確認する指標です。
誰かが聴いてくれた。
コメントをくれた。
プレイリストへ加えてくれた。
番組で紹介してくれた。
そうした反応が価値になります。
私自身も、この層に近いと思っています。
この人たちは、収益がなくなっても、かなりの割合で制作を続けるでしょう。
3.大量配信による収益を狙う人
三つ目は、迅速に大量の楽曲を作り、どれか一つが当たればよいと考える人です。
いわゆる「AI音楽で副業」「AIで自動収益」といった商材やセミナーが主に狙っているのも、この層でしょう。
しかし現実には、AIで曲を生成し、ストリーミングへ登録するだけでは、ほとんど収益にはつながりません。
必要なのは楽曲生成だけではないからです。
どんな題材で曲を作るのか。
どんなキャラクターや名義を設計するのか。
TikTok、YouTube、ニコニコ動画、Xのどこを起点にするのか。
どんな映像やジャケットを付けるのか。
どの部分を短尺動画として使うのか。
一曲が話題になった後、次の作品へどう誘導するのか。
そのすべてを考える必要があります。
そして、それだけの作業をしても成功する保証はありません。
大量配信は、スロップ問題を悪化させる
大量生成と大量配信には、もう一つ大きな問題があります。
AIスロップです。
楽曲を大量に作り、似たような作品を次々に配信すれば、市場全体に低品質な作品が増えます。
その結果、リスナーはAI音楽そのものに疲れ、避けるようになります。
配信サービスも、不正再生や大量配信を警戒し、審査や収益化の基準を厳しくするでしょう。
つまり、大量配信型の制作者が自分の利益を求めるほど、AI音楽全体の市場を狭くしてしまう可能性があります。
「いつかどれかが当たる」という考えで無数の楽曲を流し込む行為は、本人だけの問題ではありません。
フル生成音楽全体への不信感を強める行為でもあるのです。
収益化を維持する人は、DAWへ戻る
フル生成楽曲の収益化が難しくなれば、収益を維持したい人の多くは、AIを素材やアイデアとして使う方向へ移るでしょう。
AIにコード進行やメロディ、ドラム、ボーカルの原型を作らせ、それをDAWで編集する。
必要に応じて演奏や歌唱を追加し、ミックスやマスタリングを行う。
こうして「AIアシステッド」として作品を完成させるわけです。
これは現実的な対応です。
ただし、この制作方法は決して新しくありません。
AIや自動生成ツールで素材を作り、DAWで編集して完成させる方法は、十年以上前から行われてきました。
AIという技術は新しくても、制作思想は従来型の延長です。
未来的な手法が、保守的な音楽を作る
ここには面白い逆説があります。
フル生成は、制作方法としては新しいものです。
一曲を手作業で少しずつ作り上げるのではなく、完成した候補を何度も生成し、その中から自分の好みに合うものを選びます。
これは「作る」よりも「選ぶ」ことを中心にした、新しい制作思想です。
ところが、フル生成AIが生み出しやすいのは、既存ジャンルの平均へ寄った、耳なじみのよい音楽です。
安定したコード進行。
分かりやすい構成。
親しみやすいメロディ。
つまり、制作方法は未来的でも、完成する音楽は保守的になりやすい。
一方、AIアシステッドは、素材を編集して一曲へ仕上げるという従来型の方法です。
制作思想としては保守的ですが、人間が細部まで介入できるため、より実験的で尖った作品を作ることもできます。
制作方法は未来的なのに、作品は保守的。
制作方法は保守的なのに、作品は革新的になれる。
このねじれは、AI音楽を考えるうえで、とても興味深い部分だと思います。
AI音楽を作る夢まで捨てる必要はない
ここまで厳しい話を書いてきましたが、AI音楽そのものを否定したいわけではありません。
捨てた方がいいのは、
「AIで曲を作れば、簡単に稼げる」
という夢です。
富や名声を強く求めていないのであれば、現在の収益化やラベリングの流れを、必要以上に恐れる必要はありません。
作りたいから作る。
自分が聴きたい曲がないから作る。
頭の中にある架空のバンドや歌手を形にしたいから作る。
その理由があるなら、収益化されなくても制作を続ける価値はあります。
今はニッチで、AI疲れの対象にもなりやすいフル生成音楽が、五年後、十年後には、ごく普通の制作方法になっている可能性もあります。
多くの人は収益や権利のために、いったんDAWへ戻るでしょう。
それは仕方のないことです。
しかし、AIを素材として使い、人間が編集する方法は、未来ではなく過去から続く方法でもあります。
フル生成という新しい制作思想を誰かが続けなければ、それが音楽文化として成熟することもありません。
AIは音楽活動を簡単にはしてくれない
AIは、音楽を作る作業を簡単にしました。
けれども、音楽活動を成功させることまでは簡単にしてくれません。
曲を知ってもらうこと。
最後まで聴いてもらうこと。
もう一度聴いてもらうこと。
次の曲を待ってもらうこと。
アーティスト名を覚えてもらうこと。
その難しさは、人間が作った音楽も、AIが作った音楽も同じです。
フル生成楽曲が一円の収益も生まなくなったとしても、あなたは曲を作り続けますか。
答えが「はい」なら、その人はAI音楽で簡単に儲けたいのではありません。
まだ形の定まっていない、新しい音楽文化を作ろうとしているのだと思います。