AI音楽をレコードにするのは、おかしい?
先週、SunoがAI音楽をレコードにするサービスを検討しているというニュースを取り上げました。
すると、AIで作った音楽をレコードにするなんておかしい。
レコードには、人間が作った本物の音楽を入れるべきだ。
そんな反発も出ていました。
でも私は、この反応を見るほど、少しおかしな気持ちになるんです。
レコードも、かつては「魂のない機械音楽」だった
なぜなら、そのレコードや蓄音機も、登場したころには、魂のない機械の音楽だと批判されていたからです。
1906年、作曲家で指揮者でもあったジョン・フィリップ・スーザは、「The Menace of Mechanical Music」という文章を発表しました。
日本語にすれば、「機械音楽の脅威」といった意味です。
スーザは、蓄音機などの機械が、人間の技能や知性、魂の代わりに歌い、演奏するようになると批判しました。
人々が自分で歌わなくなる。
楽器を練習しなくなる。
家庭で演奏する文化が衰え、音楽教師や演奏家の仕事も失われる。
さらに、作曲家の作品が機械で複製されても、作曲家へ十分な対価が支払われない。
100年以上前にも繰り返された不安
今、AI音楽へ向けられている言葉と、かなり似ていると思いませんか?
機械の音楽には魂がない。
人間が音楽を作らなくなる。
音楽家の仕事を奪う。
既存の作品を使うなら、権利者へ許可と対価が必要だ。
言葉だけを並べると、100年以上の時間が消えてしまったようです。
不安は、単なる思い込みではなかった
しかも、これは一人の作曲家の心配だけでは終わりませんでした。
録音とラジオが広がると、実際に生演奏の仕事は変化しました。
アメリカ音楽家連盟は1942年、技術による失業へ対抗して、レコード会社へのストライキを始めています。
ですから、当時の不安を、新技術を理解できなかった人の思い込みだけで片付けることもできません。
仕事は実際に失われました。
権利や対価の仕組みも、後から作り直す必要がありました。
機械音楽が「本物」の象徴になるまで
それでも録音技術は消えませんでした。
むしろ、録音を前提にした音楽が生まれ、レコードそのものが新しい音楽文化を作りました。
そして現在、そのレコードは、温かい音、人間味のある音、手に取れる本物の音楽を象徴するものとして扱われています。
ここが、いちばん面白いところです。
かつて、魂のない機械音楽だと批判されたレコードが、今では人間らしい音楽の象徴になっている。
そのレコードへAI音楽を入れようとすると、今度は、魂のない機械音楽をレコードにするなと言われる。
歴史が一周しているんです。
レコードは人間性を判定する道具ではない
私は、AI音楽をレコードにすること自体へ反発するのは、かなり滑稽だと思います。
レコードは、音楽の作り方を審査する道具ではありません。
溝に刻める音であれば、生演奏を録音した音楽も、シンセサイザーで作った音楽も、コンピューターで編集した音楽も入ります。
そこへAI音楽だけは入れてはいけないというのは、レコードに、いつの間にか人間性を判定する役割を与えているように見えます。
生成AIには、生成AIの問題がある
もちろん、レコードと生成AIは、技術的に同じものではありません。
レコードは、基本的に存在する演奏を記録し、再生する技術です。
生成AIは、大量のデータから学んだ仕組みを使って、新しい音声や音楽を生成します。
だから、学習データの扱い、著作権、声や作風の模倣、雇用、対価、大量生成と大量投稿の問題は、別に考えなければなりません。
昔も新技術が批判されたのだから、今のAI批判も全部間違いだ。
そう言いたいわけではありません。
感情的な拒否と現実的な問題を分ける
むしろ、レコードの歴史が教えているのは、新しい技術への不安には、感情的な拒否と現実的な問題が混ざるということです。
魂がないから嫌いだ、という話と、無断で作品を学習したのではないか、利益を誰へ分配するのか、という話は違います。
前者は好みや価値観です。
後者は、仕組みとして解決しなければならない問題です。
この二つを混ぜると、議論はいつまでも進みません。
音楽の「魂」は、技術とともに場所を変える
そして、音楽の魂という言葉も、技術が変わるたびに置き場所を変えてきたのだと思います。
録音以前は、その場で人間が演奏することに魂があった。
録音が普通になると、録音された演奏者の表現に魂を感じるようになった。
シンセサイザーや打ち込みが普通になると、人間が音を選び、組み立てることにも魂を認めるようになりました。
AI音楽では、その境界が、もう一度動こうとしているのかもしれません。
AI音楽に魂があるかどうかを、今すぐ決める必要はないと思います。
でも、レコードという媒体へ入れた瞬間に、本物か偽物かが決まるわけでもありません。
AI音楽をレコードにするな、という反発は、かつてレコードそのものが機械音楽と呼ばれた歴史を考えると、やはり滑稽です。
その矛盾を笑いながら、権利、対価、雇用という本当に必要な議論は、きちんと続ければいいのだと思います。
Radio441 音声版
このコラムを含むRadio441 #196を、YouTube Podcastでお聴きいただけます。