AI音楽について考えるとき、私はよく「Suno以前」と「Suno以後」という言い方をします。
なぜなら、Sunoは単に音楽生成AIを進化させたのではなく、AI音楽そのものの考え方を変えてしまったからです。
AIはもともと「素材」を作る存在だった
AIが音楽制作を手伝うこと自体は、決して新しい話ではありません。
10年以上前から、
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コード進行を提案するAI
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MIDIを生成するAI
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BGMを自動生成するAI
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SoundRAWのような自動作曲サービス
などは存在していました。
当時のAIは、あくまで素材を作るAIでした。
クリエイターは、その素材をDAWへ取り込み、編集し、一つの作品へ仕上げていきます。
EDMやHip-Hopの世界では、この制作スタイルは今でも珍しいものではありません。
私自身も、初めてSunoを触った頃は同じことを考えていました。
Stemに分解し、MIDIへ変換し、ボーカロイドへ歌わせ、DAWで磨き上げれば、より完成度の高い作品になるだろう。
そんな未来を想像していました。
Sunoが生んだ「フル生成AI」
ところが、Sunoは違いました。
当初は曲も短く、音質もまだ十分とは言えませんでした。
それでも開発の方向性は一貫していました。
目指していたのは、「素材」ではありません。
最初から最後まで完成した一曲を作ること。
つまり、「フル生成AI」という新しいジャンルを切り開いたのです。
もちろん現在では、Stem分離やStudio、Persona、Voiceなど、編集を前提とした機能も増えています。
Suno自身も、素材として使いたいクリエイターの要望を取り込み始めています。
私はフル生成を歓迎している
AIを素材として使い、自分で編集する。
これは素晴らしい制作方法です。
より実験的な音楽や、尖った作品を目指すなら、その方が適しているでしょう。
でも、私は少し違います。
私が作りたいのは、誰も聴いたことのない前衛音楽ではありません。
ラジオから流れてきても違和感がない。
カフェで流れていて心地よい。
Spotifyでおすすめされても自然に聴ける。
そんな音楽です。
だから私は、一曲を細かく編集する代わりに、何百回、何千回と生成を繰り返します。
そして、その中から「これだ」と思える一曲だけを残します。
私にとって創作とは、編集することではなく、選び抜くことなのです。
AIエージェントは何を変えるのか
ここで、さらに大きな変化が見えてきます。
それがAIエージェントです。
エージェントは、
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DAWを操作し、
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MIDIを書き、
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ボーカルを生成し、
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ミックスし、
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マスタリングまで行う。
これまで人間が行ってきた工程を、自律的に繰り返して完成品を作るようになるでしょう。
一見すると、これはSunoとは全く違うアプローチに見えます。
でも、本当にそうでしょうか。
掃除の方法は違っても、部屋はきれいになる
私は、この違いをよく掃除に例えます。
Sunoはロボット掃除機です。
スイッチを押せば、部屋はきれいになります。
AIエージェントは、人型ロボットが掃除機を操作して掃除をします。
途中の工程は違います。
でも、部屋がきれいになるという結果は同じです。
音楽も同じではないでしょうか。
Sunoは完成品を直接生成する。
AIエージェントはDAWを経由して完成品を作る。
しかし、リスナーが聴くのは完成した一曲だけです。
その曲が心地よいか。
また聴きたいと思えるか。
本当に重要なのは、それだけなのかもしれません。
「AIっぽい音」は、やがて消えていく
現在のSunoには、独特の音質や波形の癖があります。
それが「AIっぽい」と言われる理由の一つです。
しかし、AIエージェントがDAWで制作する音楽には、そのような特徴はほとんど残らないでしょう。
ボーカルが肉声なのか、TTSなのか、ボーカロイドなのか。
その違いはあっても、「AIだから」と聴き分けることは難しくなります。
つまり、「AI音楽」と「人間の音楽」という境界線は、少しずつ意味を失っていくのです。
AI音楽は「選ぶ」時代へ
今、フル生成AIには「手抜き」「スパム」といった印象を持つ人もいます。
しかし、AIエージェントが普及すれば、その評価も変わるのではないでしょうか。
制作工程が見えるか、見えないか。
違いは、それだけです。
人間が細かく編集する時代から、AIが何千もの可能性を生み出し、人間がその中から最良の一曲を選び抜く時代へ。
私は、その変化はもう始まっていると感じています。
これからの創作は、「どう作ったか」を競うものではなく、「何を選んだか」を問われるものになるのかもしれません。
AI音楽は、「作る」から「選ぶ」時代へ。
私は、その変化を楽しみながら見届けたいと思っています。